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淡くはかなく強い日常『この世界の片隅に』
2017 / 02 / 13 / 月

子供の頃、ウルトラマンを観て、よく思った。
ウルトラマンや怪獣に踏まれた家の人たちは、どうしているんだろう、と。
足下の日常が気になって、上で繰り広げられる非日常に夢中になれなかった。

映画『この世界の片隅に』を観て、そのことを思い出していた。

☆彡☆彡☆彡

映画 『この世界の片隅に』-予告編
【公式サイト】http://konosekai.jp/
☆彡☆彡☆彡

主人公「浦野すず」は広島市育ち。おっとりと夢見がちで、絵が得意な女の子。
昭和18年、顔も名前も知らない人との結婚がきまり、18歳で呉へ嫁に行く。
たんぽぽの綿毛が風に乗って飛んでいくように、「すず」も新しい暮らしを流されるままにはじめる。

空襲が激しくなる呉のちいさな家で、まだたよりない女の子が、どうやって暮らしたか、戦時下の日常が丁寧に描かれていく。

新しい場所、新しい名字、新しい生活ルール。
お嫁に行った先では、すべてがはじめてだ。
「すず」の視線で描かれる世界は、戦争を知らないあたしが「戦時下の日常」をみるのと同じ。
おずおずと、引込み思案に、知らない世界の得体の知れなさに対峙する。

「すず」は新しい世界の居心地悪さを、どうやって乗り越えるのか。


★「女子力」

「すず」の眼に映った「呉」は、「日本一の軍港」というイメージからはほど遠い。
着物をもんぺにあつらえなおし、食糧難を野草や工夫や笑顔でのりきる「すず」のいる『この世界』の色彩は、戦時下とは思えないほど淡くて美しい。
そこは、路傍の草花が風に揺れ、モンシロチョウがひらひらと飛び、近所のおばちゃんたちと話す場所。
瀬戸内海のやわらかく明るい日差しの中では、遠くに浮かぶ戦艦も、どこか愛らしい。

「すず」のいる世界は、戦争なんかで押し込められることのない女の子の「かわいい」が散りばめられている。
服の柄や色にも、10代の女の子らしさがあふれてる。

それは、あたしが小さい頃に、パステルカラーのサンリオグッズに夢中になった気持ちと何ら変わらない。
小さな失敗を繰り返しては、はにかむ「すず」は、サンリオの仲間たちのように素朴でかわいくて、完璧じゃないことがそのまま魅力にもなっている。

細かくきざんだ菜っ葉を、包丁でまな板から鍋に滑り落とす日常動作だって、「すず」の手にかかれば、バイオリンを弾く仕草になる。

いつの時代も女の子は可愛いを生きられる。
夢見る力のある女の子は、無敵なのだ。


★「描くための眼」

砲弾の煙が空を色とりどりに染める時、「すず」はこう思うのだ。
ここに絵の具があったなら、と。

絵が好きな彼女は「描くための眼」をもっているから、ふりそそぐ弾も、こわくない。
世界の細部へのつきない興味が、彼女を突き動かし、観察し、記録するのだ。手の中にある、小さなスケッチブックに。
絵の中は、彼女の居場所。自分だけ血のつながらない家で、やっと彼女がくつろげる場所だ。
「描く」ことはいつだって、世界から眼をそむけない勇敢さを彼女に与え続けてきたのだ。
いつの時代だって、描くことができれば無敵でいられるのだ。


★「わたしらしさ」が奪われるとき

戦時下という非日常において、私が、私らしく居られることこそが、負けないことなのだ。
「すず」は、流されるようにやってきた呉で、必死にそうあろうとしてきたのだ。

描いて。夢見て。

けれど戦争という理不尽で非情な暴力は、ある日突然、彼女が「自分らしく」無敵でいられた魔法を奪っていく。

非日常が訪れる。

描くことのできない日。
「かわいい」なんて見いだせない日。

描けない。
夢見れない。
そういう恐ろしい非日常が、次の日常になっていく。
暗闇に突き落とされても、生きていくしかない日々が、日常になっていく。

どれだけ怒っても、嘆いても、元には戻れない。

夢見がちで無敵だった女の子が死んでいく様を、あたしは観る。
描く眼で見つめていた世界の美しい細部は、ある日突然なくなる。
描けないからだ。
かわいいってフィルターはもろく壊れる。
夢みることができないからだ。
そして「この世界」から色が失われてく。

コトリンゴがうたう。
「かなしくてかなしくて、とてもやりきれない」と。

映画のラストで、「すず」は夢見る力を取り戻したようにみえる。
大きな喪失を、次の物語を紡ぐ力にかえようとしているようにみえる。
綿毛のように流されててきた少女は、根をはり、花を咲かせるのだろう。
何度も何度も映る、タンポポのように。

そうやって、新しい日常を、誰もがつくっていくのだろうか。
戦争を超えて。 災厄を超えて。

映画がおわり、灯りがついて、この世界に引き戻された私は、久しぶりに映画館に拍手が鳴り響く音を聞いた。
「すず」のいた「この世界の片隅」は、私たちのいる世界と100年も隔てていない。
彼女がもう一度取り戻した新しい日常の果てに、私たちの世界がある。

映画館にいる誰もが、ウルトラマンでも怪獣でもなく、いつか踏まれるかもしれない人々で、どこでも、だれもが、いつでも、踏まれたあとも、生きていかなくてはいけない。

この世界の片隅に、なんとか居場所をみつけながら。

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